アレルギー・鼻づまりの情報のページ
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 私の生い立ち

 「(慢性的で頑固な)鼻づまりを持ってると、人生を半分しか生きられない。

 アメリカのあるお医者さんの言葉です。

 私が30歳頃に、ネットで初めてこの言葉を見たとき、妙に納得してしまったものです。

 難治性の頑固な鼻づまりは、仕事・勉強・対人関係・感情面などなど、全てにおいて計り知れない大きなマイナスの影響をおよぼしてしまいます。

 それは自転車の運転に例えるならブレーキをかけながら、ペダルをこいでいるようなもの。

 生活のあらゆる面において、そのかかってくる負荷は半端なものではないですし、それで普通の人と同じスピードで走ろうとしようものなら大変な努力を要します。

 私の人生はまさに”半分殺されていた”感じだったと思います。


 学校時代

 私は、幼児期は度重なる喘息の発作、小学校に入ってからはアトピーなどの肌の症状、そして、小学校高学年以降は鼻の症状(鼻づまりが中心)と、いわゆる典型的なアレルギーマーチの症状を経てきました。

 しかし、アレルギーの症状、特に鼻づまりの症状は、はっきりと目に見える症状でないだけに、親や先生などの周りの人からはなかなか理解されません。

 授業中は、鼻の症状がつらく、とても授業に集中できず、ぼんやりしながら、ひたすら早く授業が早く終わってくれるのを願っている日々でした。

 家でも、寝転がって、本を読んだり、TVゲームをしたりするのがせいぜい。

 どうしても提出しないといけない宿題だけは、なんとか気力を振り絞って、こなしていましたが、それ以上のことはほとんど何も出来ません。

 親や教師からは、”やる気がない” ”怠け者” ”やれば出来るのにやらない子”などのレッテルをはられていました。

 もちろん私は治療のために病院にも通い、薬も(漢方薬も含め)様々に試しましたが、一向に効果はありませんでした。

 そんなこんなでも、なんとかかろうじで大学に受かり、そこの大きな病院とかで、さらなる治療に励むんですが、やはり大した効果をあげません。

 私は長年、白昼夢の中で生きているような感じでした。

 私は、鼻の症状の他にもADHDという発達障害をもっており、その辛さも重なり、そろそろ精神状態も限界に来ておりました。

 私は、学校もアルバイトも全てやめ、引きこもってしまいました。


引きこもり時代

 「このままでは、こんな白昼夢のまま、人生が終わってしまう!死ぬ時に”俺の人生は結局鼻づまりに振り回されて終わった人生だった”なんて思いながら、死ぬのは絶対いやだ!!」と思った私は、今まで以上に自分の体について、真剣に勉強を始めます。

 試せる薬は、西洋薬も漢方薬もサプリもたくさん試し、あらゆる鼻の手術を試しました。

 そんなこんなで日本で出来ることは、ほとんど試したのですが、やはりそれでもスッキリしません。

 多少はましにはなったものの、何か根本的なところで治療が食い違っているような感じをずっともっていました。

 医者からは、「薬をのんで様子を見ましょう。」とか「いや確実によくなってますから。」とか「みたところなんの問題もないです。」とか言われてましたが、主観的には全然よくなってる感じがありません。

 「心の問題では?」とか「医療では、これ以上鼻を通すことは出来ません。」とか「気にしすぎでは。」とか言われ続け、私も「そんなものか。」と諦めてしまい、何年も無為に過ぎてしまいます。

 その頃から私は、カウンセラーの道をこころざし、いろいろと活動をはじめるのですが、やはり結局は鼻の問題でつまづいてしまっている感じでした。

 前に進んだと思っても、結局はもとの位置に戻っている、そんなことの繰り返しでした。

 発達障害のADHDの方の問題は、素晴らしい出会いもあり、20代半ばには、だいたいのところ解決出来たのですが、この鼻の問題は、そういう出会いには恵まれず、なかなか解決することが出来ませんでした。


 30代突入

 「どうしても鼻の問題をなんとかしないと、僕はおそらくこれ以上一歩も前に進めない。」と感じた私は、もう一度一念発起し、「日本の医学なんざアテにならん!!日本より数十年先を行っているアメリカの医学なら、必ず何か手がかりがあるはずだ!!。」となけなしのエネルギーを振り絞り、英語を勉強し、アメリカの医学を勉強し始めます。

 それでも、なかなか手がかりを得ることが出来ませんでしたが、ある時ついに「これだ!!」というものに巡り合います。

 それはnasal valve collapse(鼻の鼻翼部の軟骨が異様に柔らかいため、息を吸った時に陥没してしまう症状)という鼻の構造上の問題による症状でした。

 私の場合は、アレルギーによる原因・鼻中隔湾曲症による鼻づまりに加え、このnasal valve collapseの症状が、欠けたパズルの最後のピースだったわけです。



 そして

 こうした長年の鼻の病の経験の中で、私は病の仕組みなり、日本の医療のことなり、鼻づまりに伴う様々な心の葛藤など、様々なことを学ばせてもらいました。
 
 もちろん私は一患者でしかありませんから、最終的な治療を行うことは出来ません。それは、専門家の領域です。
 
 しかし私が患者としての長年の経験が、なんらかの形で皆様のお役に立てれば嬉しいです。 

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